ニダ 火病

1: 動物園φ ★@\(^o^)/ 2015/10/27(火) 10:01:34.60 ID:???.net
2015年10月27日09時48分
[中央日報/中央日報日本語版]

今年のショパン国際コンクールでチョ・ソンジンは圧倒的勝者だった。「優勝者であり金メダルは…」
という最後のコメントにも、わざと1人だけ分からない表情だった。2位のアムランをはじめとする全員の
注目がチョ・ソンジンに向いた。文句なしに優勝を認めるという意味だ。今回のコンクールの最大の犠牲者は
フランスの審査委員フィリップ・アントルモンだ。彼は17人の審査委員のうち唯一チョ・ソンインにだけ
注文をつけ、決選では最低の1点(満点10点)を与えた。こうした「点数テロ」は、彼の「個人的芸術の
好み」で笑い流すことではない。

巨匠が、卓越した人材をひと目で分かるのがショパン・コンクールの輝かしい伝統だった。1960年には
ポルーリニが全員一致で優勝した。20世紀最高のピアニストであり審査委員だったルービンシュタインは
「果たして私が君ほどの演奏をすることができるだろうか」と感心した。75年にはツィメルマンが優勝と
部門別の賞をさらった。彼のもとに中国のユンディ・リが訪ねて行って弟子にしてほしいと懇請した。ツィメル
モアンはたった1曲だけ聞いた後「教えることがない」と言って丁重に送り返した。ユンディ・リは2000年、
全員一致で優勝した。今回も歴代優勝者出身のアルゲリッチ(65年)、ダン・タイ・ソン(80年)、
ユンディ・リ(2000年)の審査委員はチョ・ソンジンに最高点を与えた。これに逆行したアントルマンが
さんざん恥をかいた。

チョ・ソンジンは純粋な地場産だ。国内派も世界最高に上がることができるという自信が最大の収穫だ。
振り返ってみれば鄭明和(チョン・ミョンファ)、鄭京和(チョン・ギョンファ)、鄭明勲(チョン・ミョ
ンフン)は10~16歳に苦労して留学の道に進んだ。サラ・チャンは米国で生まれ、チャン・ハンナも11歳で
米国留学に行った。イム・ドンミン、イム・ドンヒョクの兄弟は10代初めにロシア勤務を希望した父について
留学に行った。だが、この頃の雰囲気は違う。世界的ピアニストであるソン・ヨルムやキム・ソンウクは20歳を
かなり超えてから海外に出て行った。チョ・ソンジンも音楽の実力が完成した高2の時にフランスに行った。
彼の幼少期を知りたくてポスコ社員の父親に電話連絡をお願いした。返事はシンプルだった。

http://japanese.joins.com/article/522/207522.html?servcode=100&sectcode=120

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