習近平パククネ

1: 動物園φ ★@\(^o^)/ 2014/07/13(日) 08:52:37.68 ID:???.net
【コラム】夷を以て夷を制す

 中国の近代を切り開いた革命家・孫文が1924年、日本で行った演説にこのような文言が登場す
る。「中国は王道によって彼らを感化し、感動した彼らは(中国に)朝貢した」。この「彼ら」とい
う単語は、韓国を含む周辺国を指す。「彼ら」が自ら中国を崇拝し、中国の属国になろうとしたとい
うのだ。このとき、日本の植民地になっていた韓国のある新聞社の特派員は「なぜ韓国の独立には言
及しないのか」と尋ねた。それに対し孫文は「日本でその問題を取り上げたくはない」と冷たくあし
らった。日本は当時「大アジア主義」を主張する孫文の後援者の役割を果たしていた。

 それから90年後、中国の指導者の歴史認識は大きく変わったようだ。中国の習近平国家主席は「
壬辰倭乱(じんしんわらん、文禄・慶長の役)が起こったとき、(中国と朝鮮の)両国民は敵がい心
を抱き、肩を並べて戦場に向かった」と演説した。「肩を並べ」という文言が印象的だ。孫文の演説
は韓国人を怒らせた一方、習主席の演説は韓国人を喜ばせたが、歴史をひも解けばまた違った気分に
なる。

 習主席が「肩を並べて戦場に向かった」と表現した壬辰倭乱の当時、朝鮮国王の中国観を象徴する
事件が「乞内附波動」だ。「内附」とは、ある国がほかの国の中にすがりついているという意味だ。
国民と国土を見捨て、中国に服属することを要請したのだ。それでも中国は、開戦当初には日本と朝
鮮が結託しているのではないかと疑った。朝鮮国王は誠意を尽くして懇願したが、中国は朝鮮を日本
と同じ「夷(野蛮人)」の一部と見なしていたのだ。明の派兵は朝鮮のためではなく、戦場が遼東半
島にまで拡大するのを懸念し、苦肉の策として決断したものだった。中国は琉球王国(現在の沖縄)
を通じ、日本の目標が中国の侵略であることを、朝鮮よりも先に把握していた。

鮮于鉦(ソンウ・ジョン)国際部長
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/07/13/2014071300063_2.html

← そのまま属国になれよ!と思ったらクリック

http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1405209157/:

e813f3531c5ba7d03add427881cf58ea[1]

【速報】上海株「今日も暴落-5%達成!wwwwwwwwwwwwww」