属国朝鮮


















1: 帰って来た仕事コナカッタ元声優 φ ★ 2013/07/07(日) 13:18:16.65 ID:???
朝鮮王朝の世宗大王(在位期間1418―50年)の時代から壬辰倭乱(じんしんわらん、文禄・慶長の役)までのおよそ200年間、
朝鮮王朝と中国の明は韓中の歴史の中で珍しく穏やかな関係を維持していた。
その土台にあったのは両国の知識人や王朝の間で行われていた「詩文外交」だ。

1450年に明は新しい皇帝の即位を朝鮮に伝える使臣として、文筆家が集まる翰林院の学者・倪謙を派遣した。
それまでは朝鮮には主に明の宦官(かんがん)が使臣としてやって来て、横柄に振る舞っていた。
世宗は当時の朝鮮で最高の文士だった鄭麟趾(チョン・インジ)、成三問(ソン・サムムン)、
申叔舟(シン・スクチュ)に命じて倪謙を出迎えさせた。

両国の文士らは最初は相手の腹の内を探り合っていたようだが、すぐに互いの教養と品格を理解した。
倪謙は朝鮮に来て感じたことを詩で表現し、朝鮮の3人の文士らも詩でこれに応えた。
このとき倪謙は15編、鄭麟趾と申叔舟は6編、成三問は5編の詩を残した。
倪謙は帰国してから鄭麟趾に「あなたとの対話は10年かけて本を読むよりも役に立った」と敬意を表し、
また申叔舟と成三問とは義兄弟の契りを交わした。 
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